平成9年6月24日
コイの生態と餌についての考察
淡水大魚研究会
北関東支部
遠藤和彦
「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」という中国の孫子(そんし)のことばを、前回紹介させていただきました。コイは私たちの敵ではありませんが、相手(コイ)をよく知ることは、釣果に結び付くことと思い、これまで見聞きしたことをまとめてみました。
1.
コイの生態について
(1)水温と食性の関係
「コイは変温動物である。」このことは、『大ゴイ倶楽部’96』で会員の高橋富士夫さんも書かれています。季節の移り変わりによる水温の変化に対して、魚類は人間のように厚着をしたり、ストーブで暖をとったりすることは当然できないために、自らその体温を水温の変化と共に変えざるを得ません。文献によると、一般に魚の体温は、そこに棲んでいる水温よりも少しだけ高めだそうです。海に棲むマダラの例では、体温が海水温度より平均0.4度ほど高いとのことです。
コイの養殖の本には、水温と食性について一般的に次のように書かれています。
・30〜15℃
:積極的な摂餌(エサを食べる)行動
・10℃前後〜5℃:索餌(エサ探し)活動停止(目の前にエサが来れば食べる)
・5℃以下
:摂餌活動停止(じっとしていて目前にエサが来ても食べない)
私見で恐縮ですが、まず水温の低い時のことを考えてみたいと思います。人間は夏におなかを出して寝ると寝冷えして、下痢をします。これはタンパク質を消化する胃液(塩酸)でドロドロに溶かされ、また胆嚢(たんのう)から脂肪の消化を助ける胆汁(たんじゅう)を加えられた食物が、腸内に入って来ても、腹の温度が(寝冷えで)低くなっているために消化分解するバクテリアが十分に繁殖できず、結果的に未消化のまま体外に排泄されてくるためと考えられます。
この反対に繊維質の食べ物を食べると便通が良くなると言われます。これは、繊維質の細かいすき間に消化分解を助けるバクテリアが入り込み、良く繁殖できるために消化がよくなるのです。(ちなみにオナラは繊維質が大腸で細菌によって分解されるときに発生するガスとのこと。)つまり、消化はそれを助けるバクテリアの繁殖環境に左右されるということが言えるわけです。
コイについて考えてみますと、コイは胃がないため胆嚢や膵臓(すいぞう)から消化液が出されますが、水温が低下してくると当然消化を助けるバクテリアの繁殖も低下してくるため、人間の寝冷え同様、未消化の状態となり、体力を維持していくことはできなくなります。そこでコイは水温に合わせて、消化分解バクテリアのご機嫌をうかがいながら、食べるエサの種類を変えていくものと考えられます。したがって、水温が高いときは、ある程度雑食で何でも食べられるが、水温が低下すると、サツマイモのように繊維質で消化のしやすいエサ、さらに低下するとミジンコや赤虫のような高タンパクで消化の容易なエサに食性を変化させていかざるを得ないものと思われます。
したがって、
★コイは水温によって食べるエサの種類が変わる。
と言えると思います。
(2)コイの感覚
コイは、エサを探す際にどのようにしてその場所を判断するのでしょうか。感覚のするどい順から並べると次のようになります。
@音
大気中の音の伝わる速度は、毎秒340mというのはよく知られていますが、水の中では大気より密度が濃いために、毎秒1500mという早い速度で伝わります。当然、音源から遠いところでは減衰してしまうでしょうが、ある程度広範囲のコイに「何かが来たぞ」と伝えることは可能と考えられます。
故小西先生の言葉をお借りしますと、コイが興味をもつ音は、1000Hz前後の音だそうです。人間の声は、1000〜3500Hz位の音の組み合わせですから、相当低い音にコイは反応すると考えられます。
Aニオイ
ニオイも広範囲に広がると考えられますが、広がるまでに時間がかかります。また流れがあると当然のことながら上流方向には伝わりません。
Bかたち
コイの目は近視と言われています。コイの棲む中・下流部は透明度が低く、そんなに遠くを見ることが必要でないため、退化したものと思われます。
しかし、青、黄、緑、紫色を判別し、さらに紫外線も感知可能です。
C味覚
コイはくちびるとひげにある味蕾(みらい)で味を感知します。甘い、辛い、苦い、酸っぱいの判別が可能で、特に甘さは人間の感じる味覚の1/7まで判別機能です。やはりコイは甘党であることがこの値からもわかります。
(参考)魚の側線:
側線はそのウロコの中に小さな穴が一つ空いていて、その穴には1本の管が通っています。その管には「水の動きに対して鋭敏に反応する有毛細胞」が収められていて、この細胞により自分の側にいる物の動き(スピード)をとらえるのです。
よく魚の群れが常に同じ間隔を保って遊泳できるのは、視覚で相手との位置間隔をとらえ、側線ウロコにより相手のスピードをとらえるため、常に群れの中での自分の位置を一定に保つことができるのです。したがって、もし外敵が現われた場合、(魚の群れの中にリーダーというものはいないため)群れの中で最も早くそれを察知した魚が体を反転して、回避反応を示すと他の魚もその魚との位置間隔を保とうとするために一斉に回避行動をとることができるのです。
3. コイのエサについて
これまで述べてきたことを繰り返しますと、
・年間の水温変化によりエサの好みが変わること。
・甘いエサに敏感なこと。
がわかりました。
さて、コイの年周行動(毎年の周期的な行動)から『エサ』について考えて見たいと思います。
コイの年間周期を考えると次のようになります。
越冬 ・(産卵準備)・ 産卵
・(産後休息)・(体力づくり)・ 越冬準備 ・ 越冬
[
動物も植物もその一生を楽しむというよりは、その子孫繁栄のために営々と活動して いるという気がします。
]
(1)食品の5大栄養素
これらの年周行動を支える食物の主な栄養素として次の5つがあげられます。
・タンパク質 :体を構成している主成分
・炭水化物(糖分):体内にグリコーゲンとして貯蔵され、生体のエネルギー源となる。このグリコーゲンは、肝臓で作られて貯蔵され、必要に応じて分解、消費される。
・脂肪
:皮下組織や筋の間に栄養分(中性脂肪)として貯蔵され、消耗性疾患の際に消費される。[越冬時の魚体保護の役目も持つと思われる。]
・ビタミン
:円滑な新陳代謝を助ける補酵素として働くもので、生体内では合成されず、外界から摂取しなければならない。
・ミネラル(灰分):生体の骨の成分で、このほか体液浸透圧の保持、筋肉と神経機能への関与、酵素の活性化などの作用をつかさどる。
(2)タンパク質
タンパク質については、中国の養殖の本に次のような記述があります。
『消化可能なタンパク質の量は魚齢により変化し、高齢のコイほど少なくなる。このタンパク質の量とそれ以外の成分の比を「タンパク比」ということばで表わす。』
[タンパク比] :エサの中に含まれるタンパク質とそれ以外の成分との構成比率
【タンパク比の計算例 1:0.5の場合】
[プランクトンの場合] |
|
|
タンパク比 |
|
可消化タンパク質含量 |
61% |
(タンパク質) |
61 |
1 |
可消化炭水化物含量 |
5% |
|
|
|
可消化脂肪含量 |
11% |
(タンパク質以外の成分) |
30 |
0.5 |
可消化灰分含量 |
14% |
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【魚齢による可消化タンパク比の推移】 |
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||
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魚 齢 |
タンパク比 |
|
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1歳ゴイ |
1:0.7〜1 |
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2歳ゴイ |
1:2〜3 |
|
|
|
3歳ゴイ |
1:5 |
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|
上の表から、高齢のコイほどタンパク質の消化量は少なくなることがわかります。この消化量は養殖時に与えるエサの成分比率となるのですが、効率の良い養殖事業をする際にこの値は重要です。
このタンパク比は、人間にもあてはまりそうな気がします。若いうちは、ビーフステーキやらトンカツやらと何かにつけて肉類を食べたくなりますが、年をとるごとに次第に魚や煮物、てんぷらなどのあっさりした食べ物に嗜好が変化するのに似ています。
そこで私は、このタンパク比が同時にコイのタンパク質の摂取量と読み換えられるのではないかと思います。子ゴイのうちは、タンパク質の豊富なエサを好むが、大ゴイになるほどあっさりした炭水化物の多いエサを好むものと考えられます。
このことから、
★コイの魚齢により植物質のエサに好みが移ること。
★大ゴイほど植物質のエサを好む
(タンパク質の少ないエサを好む)
と言えます。
(3)水温とコイの活性
次に水温とコイの活性について検討してみようと思います。
これまでのさまざまな書物からコイの活性は次の表のように言えると思います。水温と時期の関係については、以前に淡水研の新年会で説明させていただきました「平均水温とコイの活性」のグラフからとっています。
【水温とコイの活性】
|
水温[℃] |
コイの活性 |
時期 |
A |
10〜15 |
越冬明け |
3下〜4下 |
B |
15〜21 |
産卵までの荒食い |
5上〜6下 |
C |
21〜(30)〜15 |
夏場の体力維持 |
7上〜10中 |
D |
15〜10 |
越冬に向けての荒食い |
10下〜12上 |
ちなみにコイの産卵温度範囲は、17℃〜21℃の範囲です。
では次に各活性別にどのようなエサを欲するのか個人的な考察を加えてみたいと思います。
A.
越冬明け
長い越冬(冬眠)から解放されて、体内で消耗した5大栄養素全てを補給する必要があるが、まだ水温が低く、消化分解バクテリアの活性も低い。したがって、消化の楽なタンパク質や繊維質を多く含む炭水化物を摂取する。
B.
産卵までの荒食い
産卵時の体力消耗を前にエネルギー源となる良質の炭水化物を多く摂取する。
(参考:水温18〜22℃に最も盛んに産卵する。)
C.
夏場の体力維持
体の成長および体力の維持のために比較的多めのタンパク質を摂取する。この時期は、体内の消化分解バクテリアの活性も高く、ほとんどどんなエサでも食べてしまうのではないかと思われる。
D.
越冬に向けての荒食い
越冬時の皮下脂肪層を厚くするために、多くの脂肪を含むエサを必要とするのではないかと思われる。
ここで、参考までにマルキューさんでまとめられた「季節による配合パターン」を示すと次の表のようになります。
【動・植物質の配分】 「季節による配合パターン」 マルキュー梶@研究開発室刊
時 期 |
動物質エサ |
植物質エサ |
3〜4月 |
70% |
30% |
5〜6月 |
20% |
80% |
8〜9月 |
50% |
50% |
10〜11月 |
30% |
70% |
上記A, B, C,
Dの各時期のエサの好み(個人的考察)は、このマルキューさんの表により裏付けられたように思えます。
4.
コイ用カスタムエサの検討
これまでの検討結果から食わせ用のエサを試作してみようと思います。
このエサは、飼料メーカーの量産タイプではできない季節別(水温別)にカスタマイズされたエサですカスタムエサ作りの参考とするために市販の鑑賞魚用のエサの成分例を示します。
【鑑賞鯉用スイミーの成分】
成 分 |
構成比率 |
タンパク |
37% |
脂肪 |
2.5% |
炭水化物 |
11% |
灰分(無機質) |
2% |
水分 |
11% |
[タンパク比=1:1.4]
上表を参考にしながら、カスタムエサの基本仕様を次のように決めます。ちなみに天然水域では、1年で体調10〜15cm、2年で18〜25cm、3年で25〜35cm、4年で30から40cmという調査結果がでています。50cm以上をターゲットに試作エサを考えてみます。また、それぞれのエサの試作品名をつけてみました。
[カスタムエサの基本仕様]
|
適用水温[℃] |
カスタムエサ名 |
タンパク比 |
炭水化物[%] |
脂肪[%] |
A |
10〜15 |
ハルエ(春餌) |
1:4 |
30 |
2 |
B |
15〜21 |
サツキ(五月) |
1:5 |
35 |
2 |
C |
21〜15 |
ナツエ(夏餌) |
1:4 |
30 |
2 |
D |
15〜10 |
アキエ(秋餌) |
1:5 |
30 |
4〜5 |
次に最も手に入りやすい市販の食物の各特徴を考えてみたいと思います。
[エサとなる食品の主成分]
食品名 |
タンパク質 |
炭水化物 |
脂肪 |
ミネラル |
ビタミン |
記事 |
サツマイモ蒸し |
|
○ |
|
|
◎ Vc |
比重大,繊維質 |
サツマイモ粉 |
|
○ |
|
|
|
比重大,繊維質 |
マッシュポテト |
|
○ |
|
|
|
比重小 |
パン粉 |
|
○ |
|
|
|
ねばり調整可能 |
トウモロコシ粉 |
|
○ |
|
|
◎
Va |
比重大 |
コメヌカ |
|
|
○ |
◎ リン |
|
バラケ性大 |
きな粉 |
◎ 良質 |
|
○ |
○ リン |
|
バラケ性大,香り大 |
押麦 |
|
○ |
|
|
|
比重大,視認性大 |
ゴマ |
○ |
|
◎ |
○
Ca,リン |
|
|
スイミー |
○ |
|
|
|
|
動物質3/植物質7 |
魚粉 |
◎ |
|
|
◎
Ca,リン |
|
|
サナギ粉 |
○ |
|
|
|
|
香り大 |
以上の各食品の特徴を活かしてA,B,C,D各タイプのエサを別紙のとおり作成してみました。
この別紙の表は、理論的計算結果であり、自動車で言えばプロトタイプ、つまり試作品で、食味、ばらけ具合、などまだまだ改良の余地のあるものです。実地での釣果実績の記録もまだありません。今後、思考錯誤を繰り返して、自分なりに納得できるエサ作りに挑戦してみようと思っています。「よし、今日はこのエサで勝負!」と釣り始めるのですが、3時間も4時間もアタリのないときは、「やっぱりマズイのかな」といつもの“大ごい”、“みどり”、“五大魚”に戻ってしまいます。試作途中ではありますが、会員の皆様の何かのご参考になればと、あえて投稿させていただきました。
草々
[参考文献]
「ONE POINT
SCIENCE 魚はどのように群れを作るか」 1984.1.31
日経サイエンス B.L.パートリッジ著 今福通夫訳
「目から鱗の落ちる話」 末広泰雄著
「魚と貝のなぜなぜ事典」 啓明書房
「ギョッ魚!とびっくり 魚のオモシロイ話がいっぱいの本」 文園社
「中国淡水魚類養殖学」
たたら書房
「養魚講座2
草魚・姫鱒他」
緑書房
「’96 必釣 鯉釣り辞典」
マルキュー株式会社 研究開発室