120cmの壁
東北支部・阿部 久雄 

19世紀にイギリスの首相を務めたディスレーリは「世の中には三つの種類のウソがある。ウソ、真っ赤なウソ、そして統計である。」と言っていますから、私のような統計学徒は大ウソつきということになります。また、世の東西、時代を問わず釣り人はホラ吹きと相場が決まっています。そうすると、私は大ウソつきで、大ボラ吹きのトンデモ人間ということになります。まあ、大ボラであろうが、大ウソでもあろうが釣りの話のネタですから、生命や財産に関わることではないので話をすすめます。
所謂、ヨーロッパ・スタイルのちょっとしたブームの底流にはジャパン・スタイルで120cmの壁を越えられない閉塞感が少なからずあると私は思っています。これからする話は会員の皆様の大いなる野望と夢を打ち砕くような数字です。が、それはそれとして、鯉釣り談議のネタにして頂ければ幸いです。

日本で釣れる鯉の大きさの限界 



図は淡水研の平成17年度釣果ランキングのヒストグラムです。このランキングは80cm以上ですが、釣れる鯉の小さい方の確率を知ろうとする人はいないと思いますから、これから釣れる鯉の大きい方の限界を予測します。
ヒストグラムから「平均87cm」、「標準偏差5.7cm」であることが分かります。ここでは平均をランキングのなかでは「並」です。87cm以上の鯉は並以上の大鯉と言うことです。また、ジャスト80の鯉が頻出しているのは尾鰭を広げたり、すぼめたりして何としても80台の鯉という会員の微笑ましい努力の跡が、覗われる数字かと思います。さて、平均値と標準偏差を使うと色々のことを予測できます。
例えば、平均値+標準偏差=87+5.7≒93、87+2×5.7≒98、87+3×5.75≒104 これは淡水研の平成17年度釣果ランキングで93cm以下の鯉が66%、98センチ以下の鯉が95%、104cm以下の鯉が99.8%という統計学的な意味をもち、これは実際の値と一致します。従って、標本母集団の平均値と標準偏差を使えば、日本のフィールトで釣れる鯉の限界を予測することができます。
前に遠藤会員が雑誌に掲載されたデータを纏められものや最近の雑誌に掲載されたデータから100センチ以上の釣られた鯉をピックアップして平均値と標準偏差を求めると103cmと4cmとなります。ですから、釣れる鯉の大きい方の限界は=103+3*標準偏差=115cmとなります。これが日本のフィールドで釣れる予測限界値です。反対に言えば115cm以上の鯉が日本のフィールドで釣れることは統計学的には99.8%の確率でありません。
が、「零」ではありません。

120cmの鯉の釣れる確立
では、具体的に120cm以上の鯉が、これから釣れるであろう100cm以上の鯉の中に含まれる確率を予測します。これはハインリッヒの法則に当てはめれば求めることができます。ハインリッヒの法則というのは「1:29:300」の法則です。従って、鯉の体長の間隔が10cmの間隔のガウス分布であるとの前提のもとでは100cmの鯉を300本釣れば、そのうちの29本は110cm、1本が120cmの鯉ということになります。この確率は100cmの鯉を299本釣った、次の300本目が120cmの鯉である確率と最初の1本が120cmである確率、つまり、100cm以上のどの鯉にも120cmに成り得る可能性が等しいのですが、そうであっても前提とする100cmの鯉を有意の統計区間で300本釣るというのは限りなく零に近いもので夢を実現できる可能性は殆どないことに変わりはありません。
そんなこと言って120cmの鯉がつれたらどうするのか。私は100%釣れないとか、絶対に釣れないとは一言も言っていません。私はウソつきでも、ウソつきのプロですから逃げ道は準備してあります。

プロジェクト120 畳一畳というのは眉唾としても、120cm以上の鯉が生息することは間違いないのですが、現実の問題として120cm以上の鯉は釣られたことがない。このことは何を意味するのでしょうか。仮説としては、次の二つかと思います。
1 釣り餌2 (イモ、タニシ、練り餌3 、ボイリー)を食べない。
4 120cmの鯉の通り道に餌5 を投入していない。
一般論として餌を食べない限りは成長しませんから、Aの仮説が真に近いであろうと考えます。だからこそ120cmに成長したと考えるのがより自然と思います。
ボイリーであれ、タニシであれ、硬い外皮に覆われたジャミと外道に強い餌ですが、集魚効果の期待できない餌であるためにマキ餌や撒いたタニシで巨鯉を引き止め、針を忍ばせた餌に鯉が、食らいつくのをひたすら静かに待つという点でヨーロッパ・スタイルとジャパン・スタイルの違いはありませんが、毎週、毎週、同じスタイルを繰り返すのは進歩がなく、マンネリ化します。鯉釣りマガジン(06 春号)は「(海外の鯉釣りスタイルから)学ぶべき点はボイリーでも、タックルでもなく、海外の積極的な攻めの姿勢、そしてカープケアの部分である」と指摘しています。
この積極的な攻めの姿勢が、欧米の鯉釣り書に頻出する「ストーキング」です。残念ですが、この概念は日本人にはありません。
日本でストーカーと言えばネガティブの「しつこさ」、「忍び寄る」の意味で最近は使われていますが、釣りでのストークはポジティブの「しつこさ」「忍び寄る」です。
ここでは巨鯉の通り道に忍び寄り、待ち伏せして、巨鯉の口元にしつこく(反復して)餌を打つ行為と意訳しておきます。
鯉釣りのストーキングの具体例としては鯉釣りマガジン(05 秋号)の「エリック・アンガー琵琶湖を釣る」でエリック・アンガー氏が200m先のポイントにボートでHマーカーを打ち、マキ餌を撒き、ボイリーをポイントに手で投入した。これがストーキングの実践例です。鯉釣りマガジンでは、これを積極的な攻めの姿勢と表現されていますが、彼に積極的という特別の意識はないと私は思います。これは彼が生まれながらに祖先から引き継いだDNAと言うことです。
さて、かりに、Aの仮説が正しいとすれば何らかの方法で120cmの鯉の通り道にマキ餌をして、そこにボイリーまたはタニシを投入すれば120cmの鯉は釣れることになります。
これでも釣れなければ、@の帰無仮説が正しいことに成りますので、新たな餌や仕掛けを開発する必要があることになります。
いずれにしても第一の87cmの壁、第二の97cmの壁は、下手な鉄砲も数うちゃ当たる。気合といったもので乗り越えられる壁だとしても115cmの壁は運や気合で生起するような確率ではありません。乗り越えるには神仏のご加護が必要です。
神仏の加護をいただくには、淡水研の目的の一つでもある鯉の生態研究と釣技に対する不断の修練が必要です。修練を怠る人に神仏のご加護はありません。
これはウソでも、ホラでも、宗教でもありません。このことこそが同じ仕掛け、同じ餌、同じポイントでも釣り人によって釣果が左右することの真理、人事を尽くして天命を待つの意味であると、私は思います。
終わり


蛇足 折角の機会ですから会員の皆さんの釣られた鯉の「偏差値」を計算してみましょう。まず、平均値の87cmは、このランキングの中では人並みの値ということです。次に、中央値というのは大きいほうから並べたときの真ん中の値で86cmです。最頻値というのは、最も多く釣られた大きさのことで80cmです。
高校や大学の基礎講座で習う統計は、教え
るほうで説明が煩わしいために「平均値=
中央値=最頻値」になるガウス分布という綺麗な分布しか扱いませんので、平均値を真ん中の値と誤解している人が多いのですが本来、平均値に真ん中の意味はありません。このデータも平均値と最頻値の差が標準偏差以上に大きいことが分かります。
簡単に言うと、最頻値によって平均値が下がり、中央値が押し上げられていますので標本母集団としては落第なのです。が、それは別の機会に譲ることにして、偏差値を求めるには、まずデータを基準化します。
基準化というのは、個々の値から平均値を引いて、標準偏差で割った値です。それを10倍して、50を加えたものが偏差値です。勿論、平均値=87cmの偏差値が50となること統計に馴染みがなくともなんとなく理解できると思います。
大島会員の102cmの偏差値76は有名医学部並の高い値です。
いずれにしても、偏差値というのは平均値と標準偏差によって大きく変わりますから一喜一憂することはありません。
例えば、その川の平均が60cm、標準偏差が7cmであれば、その川の78cmの偏差値は73で、水郷地帯の100cmと同じ偏差値となります。このように偏差値を調べてみるとひたすらナンバーワンを追いかけるのも「粋」ですが、拘りのベイト、リグ、ポイントで、こだわりのオンリーワンを追いかけるのも、男として「粋」ではないかと私は思います。あっ、標準偏差の説明を忘れた。これも別の機会に・・・。

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